2018, Feb 21【北アルプス 乗鞍岳 厳冬期】Mt.乗鞍スノーリゾート ピストン☆日帰り雪山登山♨

圖片
2018年的農曆過年期間,和山友Bryan兄前往日本乗鞍岳和八ヶ岳山域進行雪季登山訓練。
2月19日晚上抵達羽田機場,乘坐高速巴士到新宿,晚上住宿在去年住宿過的旅館“新宿ビジネスホテル”,隔天早上9點出門,到中央東口附近的一蘭拉麵吃早餐,然後前往バスタ新宿(巴士總站),搭乘10點50分的高速巴士前往松本bus terminal。先去便利商店買些行動糧,然後乘坐上高地線電車前往“新島々駅”,然後再轉搭公車前往“乗鞍スキー場前”,晚上住在Ski Resort旅館街的天然溫泉旅館“なごみ湯 白樺”。
隔天早上吃完早餐,早上9點步行到滑雪場的リフト乗り場,乘坐3次リフト抵達かもしかリフト最上部(標高約1,970m的ツアーコース開始点)。夏季時,觀光客可以搭乘巴士直接抵達標高2,702m的畳平(乗鞍 bus terminal),但冬季公路早已被積雪覆蓋,這裡是冬季前往乗鞍岳最便利的登山口。
稍微整理一下登山裝備,早上9點50分啟程出發,稍早查看天氣預報,今天的天氣是多雲午後轉陰的天氣,因此從一開始就不抱持任何期待可以看見美麗的山景。從ツアーコース開始点出發後,雖然沿途足跡都很明顯,但沿路都是鬆雪,沒有買スノーシュー穿,每個步伐都走的相對費力,當下突然有點懊惱,但雖然如此,還是不影響行進的步調。
在沒有スノーシュー的狀態下,持續和鬆雪奮鬥了一個多小時,上午11點30分到達“ツアーコース終点 ”,這裡是分別前往“肩ノ小屋”和“位ヶ原山荘”的岔路口,位ヶ原山荘冬季有營業,如果安排2天1夜的行程,可以在那裡住宿一晚,但住宿必須事前預約。我們取直行繼續朝向肩ノ小屋前進。從岔路口開始,雪地上已經沒有明顯的足跡,天候也隨著時間逐漸變差,視野完全被濃霧所遮蔽,眼前只剩下一片白色,能見度大約只有10公尺,因此不時需要依賴GPS裝置來確認方向。
中午12點50分經過“大雪溪避難小屋”(當下以為這就是肩ノ小屋,後來回家查看地圖才知道並不是),小屋的入口處已經被封死,無法進去小屋取暖,只能站在小屋外吃點糧食補充水份。這時的溫度差不多有零下10幾度,加上風寒效應,手套一拿下來,手指頭瞬間失去知覺,後來發現小拇指有輕微凍傷。在這邊小休息10分鐘左右,繼續靠著GPS往山頂方向前進。
Bryan選了一條捷徑,走沒多久我就覺得奇怪,按常識來判斷,這種深雪和極陡的坡度,直覺就不是正常的登頂路線,後來回家查看…

2012 アルプスの夏:飛騨・北阿爾卑斯山脈南部の焼岳/槍・穂高連峰/表銀座単独縦走記錄。Day4 岳沢露營場~重太郎新道~紀美子平~前穗高岳~吊り尾根~奧穗高岳~穗高岳山莊

今天是在北阿爾卑斯山脈南部縱走的第四天,早上6點左右起床,醒來時外面正下著小雨,濕冷的天氣讓我很想窩在帳篷裡睡上一整天,不過整天沒事做卻又會讓我受不了,所以還是決定起來收拾東西。此時外面已經可以看到好幾支登山隊伍正要上山,其中大多都是中老年人居多,日本的老人真是令人佩服啊!今天的行程是從岳沢露營場經由「重太郎新道」至「紀美子平」,然後輕鬆往返「前穗高岳」,之後再走「吊り尾根」前往「奧穗高岳」,然後至「穗高岳山莊」住宿。從岳沢小屋到紀美子平這段「重太郎新道」是日本屈指陡峭的山路,因此多數人攀登「前穂高岳」和「奧穂高岳」通常不是走這條路綫,而是會由上高地從北面繞經「涸沢」先到奧穂高岳然後再走到前穂高岳。



岳沢テント場から見た、天狗ノ頭、滝沢、岳沢雪渓。



早餐只吃了簡單的沙茶牛肉飯和一杯紅茶,接著在心中盤算了一下今天以後行程,最後決定將帳篷、睡袋、睡墊和防潮墊留在岳沢露營場,只揹12~13公斤的裝備上山,接下來幾天都住在沿途的山莊或山小屋,最後一天從 「中房溫泉」下山後,先到松本、高山市輕鬆閒晃度過一天,然後再回上高地至岳沢露營場取回帳篷,藉此減輕體力上的負擔!



俺今天的早餐只有一包乾燥飯加一杯紅茶~



早上5點左右聽到旁邊的帳篷有整理東西的聲音,醒來時看到昨天那對日本老年夫妻的帳篷已經不見了,看樣子他們已經先出發了,而另一頂帳篷還在但貌似裡面沒有動靜,看來它的主人也已經早就出發上山了。


收拾好背包,東摸西摸後,拖到早上8點左右才出發,心想我應該是最後一個出發的吧!

今天所走的路線大致如下:
岳沢-カモシカの立場-岳沢パノラマ-雷鳥広場-紀美子平-前穂高岳-紀美子平-最低コル-南陵ノ頭-奧穂高岳-穂高岳山荘(宿)

重太郎新道から紀美子平までの標高変化は岳沢ヒュッテ:2170m、カモシカ立場:2450m、岳沢パノラマ:2600m、雷鳥広場:2750m、紀美子平:2910mであり、前穂高標高:3090m、奥穂高標高:3190mなどである。

紹介するのは、重太郎新道の長い急登を避けて、涸沢から登って岳沢から下りる一般的なコースですが、穂高岳山荘の方によると、急登を登る体力があれば逆回りがお薦めだそうです。登るより下る方が難しく、疲れが出る時に下るのは危険だし、岳沢から登る方が景色が良いからです。

上高地コース(前穂高岳経由)





走沒多久回望「岳沢テント場」。從岳沢沿著重太郎新道至紀美子平這一段路會經過多處「お花畑(flower field)」,走在山路上不時可以聞到濃郁的花香隨著微風撲鼻而來~芬芳的花香令人感到神清氣爽,有時不自覺就會在腦中浮現「七里香」的歌詞。



お花畑に夏の花が咲き乱れている。


遠處可見燒岳、下方是上高地、右邊紅色屋頂是岳沢小屋。







回頭看見紅色屋頂的「岳沢小屋」。





垂直に近い岩場に取付けられた鎖とハシゴ





從岳沢露營場出發約1小時後便抵達「カモシカの立場」,從標高2180公尺爬升到2522公尺。從這裡可以清楚看見「前穗高岳」和「西穗高岳」等群峰。在這裡休息時遇到了三位今天早上才從上高地「岳沢登山口」上山的日本人,詢問後得知他們今天也是要走到「穗高岳山莊」,明天預計要直接走到「槍岳山莊」,後天再由「橫尾」的登山路線回到上高地。



岳沢ヒュッテ → カモシカの立場
岳沢ヒュッテ・標高2180公尺(7:45出発)→カモシカの立場・標高2522公尺(8:45)
登山時間:1小時 距離1286公尺 標高差342公尺


重太郎新道より前穂方面の壮絶な景観!


カモシカの立場」よりの西穂、奥穂方面の展望!




重太郎新道を登ると西穂~奥穂の素晴らしい眺めが見えます。



重太郎新道より「西穂、奧穂方面」壮絶な景観!左は西穂高岳、間ノ岳、天狗ノ頭のトリオが並んでいます、右はコブ尾根ノ頭、ジャンダルム、ロバの耳から奥穂高岳までの稜線です。



從重太郎新道上紀美子平的這段路會經過多處「クサリ岩場」,有時須拉著鎖鏈攀岩而上。





上山途中不時會遇到下山的山友,有時會讓路給人先過,有時別人也會讓路給我先過。但是會面時,大家都會互相道聲「空泥幾哇」,這是日本人最基本的登山禮儀!









ハナチダケサン~


不經意的回望來時路!





イワギキョウ~






元気いっぱい!!



トウヤクリンドウ~



岳沢パノラマ」-眼下に岳沢を見下ろすことができます。





ハクサンオミナエシ(白山女郎花)は、オミナエシ科オミナエシ属の多年草で本州(近畿以北)に分布。山地の岩場などに生える。







ヨツバシオガマ(四葉塩釜)は、ゴマノハグサ科シオガマギク属の多年草でミヤマシオガマやタカネシオガマやとともに北海道と本州(中部以北)の高山帯の砂礫地や草原に分布する高山植物。










上午10:40經過「雷鳥広場」,可惜連一隻雷鳥都不出來給俺瞧瞧~


從「雷鳥広場」繼續往「紀美子平」前進,此時開始下起了雨,趕緊從背包拿出雨衣來穿上。


前往紀美子平途中,遇到一群正要下山的日本中年人隊伍。


紀美子平手前の長い鎖場、この岩場を越えると 紀美子平です。




上午11點抵達「紀美子平」,這裡是一個三岔路口,分別通往前穗高岳、奧穗高岳以及岳沢,於是把背包卸下放在這裡,準備輕裝前往「前穗高岳」。

由重太郎新道上山會經過紀美子平,其實這裡有個故事:這條登山道得名於穗高岳山莊的創始人今田重太郎先生,紀美子是他的女兒。重太郎先生的夢想就是在北阿爾卑斯的穗高棱線上開闢一條安全的登山路線。於是他在穗高岳和涸澤岳之間的鞍部修建了穗高岳山莊,修整了重太郎新道這條攀登穗高岳的新路線,還自掏腰包印製地圖免費發放給登山者。而紀美子平就是他當年修建重太郎新道的時候,女兒紀美子玩耍的地點。






カモシカの立場 → 紀美子平
カモシカの立場・標高2522公尺(9:10出発)→紀美子平・標高2919公尺(11:07)
登山時間:約2小時 距離1084m 標高差397m

今田重太郎」氏は穂高に生涯をささげ、「穂高の名ガイド」と呼ばれた男であり、標高2,996mの奥穂高岳山頂直下に建つ「穂高岳山荘」の礎を築いた人物である。



今田重太郎は大正13年、穂高山荘の前身である穂高小屋を創設した。その後上高地から奥穂高岳への登山道を開拓していくのであるが(重太郎新道) その際、前穂高岳近辺では幼い娘の紀美子をこの平地にテントを張って中で寝かしつけてたり遊ばせしたりして奥さんと登山道を整備したらしい。その娘紀美子さんは23歳で病死したのであるが、ここの狭い平地が「紀美子平」と呼ばれる様になった。

紀美子平の道標~



前穂高岳を見上げる(頂上は見えない)





岩屑の急登が続く。



前穗高岳」標高3090公尺,其北方延伸到「前穗高北尾根」,西面奧又白方面是陡峭岩壁「前穗東壁」。東北面北尾根末端突出的山峰是落差高達1000公尺的岩壁「屏風岩」(標高2570m)。將來有機會也想去走看看前穗高北尾根啊!哈哈


北尾根は前穂高岳から北東方向へ派生する岩稜(末端は屏風岩)でその美しいスカイラインは日本三大岩稜(他は槍ヶ岳北鎌尾根・剱岳八ツ峰)にも数えられるとのこと。
北尾根は前穂高岳を1峰とし最低コルにかけて八つのピークを連ねていますが、今回は私達の実力を考慮して岩稜帯を形成する5峰より上部を登りました。→それでもやはり厳しかった!
なお、このルートもバリエーション入門ルートで初歩のクライミング技術を必要とします(ルートグレード1級・ピッチ最高グレードⅢ~Ⅳ)。





上午11:40抵達「前穗高岳」頂上に到着!
前穂高岳山頂には、槍ヶ岳・穂高連峰唯一の一等三角点 [穂高岳] 3090.2m が設置されている。



前穗高岳」山頂有根木樁和一等三角點,此時山頂起了濃霧毫無展望。三人在山頂坐著休息十分鐘後便啟程下山。從前穗高岳下山回紀美子平的途中會有一小段腰繞,必須留意漆印指標,在快抵達紀美子平時會有一處岔路,因為起了濃霧加上一塊巨大山壁擋住了視線,以致於我看不到前面下方紀美子平的道標,此時差點往右方的歧途走下去,但走了30秒左右覺得不太對勁,回想上山時好像沒走過這一段,此時直覺告訴我走錯路了,於是原路回到上方往另一邊去查看,這才發現原來紀美子平就在下方約三分鐘腳程處而已。





回到「紀美子平」休息一會兒之後,背起背包與三位日本山友一起朝「奧穗高岳」前進。




從「前穗高岳」到「奧穗高岳」的「吊り尾根」,步行至少要2個小時。日語的「尾根」換成中文大概就是「尾稜」或「山脊」的意思。

吊り尾根の登山道は続きます!




下午12:50經過「最低コルの分岐点」,此處標高2926公尺。






經過「吊り尾根」最後的クサリ場,此處標高3084公尺。


下午2點左右,抵達「南稜の頭」,這裡是奧穗高南稜,標高3131公尺。


下午2:10抵達奧穗高岳頂上的「穗高神社嶺宮」。穗高神社是北阿爾卑斯山系的總鎮守,奧宮位於上高地的明神池,嶺宮則是在北阿爾卑斯山系的最高峰「奧穗高岳」頂上。

紀美子平から奥穂高岳に向けて出発(吊 り 尾 根)
紀美子平・標高2919公尺(12:35出発)→奥穂高岳頂上・標高3190公尺(14:10)
登山時間:1小時35分 距離1838m 標高差271m






日本アルプスの総鎮守:奥穂山頂の穂高神社・嶺宮
穂高神社(ほたかじんじゃ)は安曇野市穂高に本宮(里宮)が鎮座し、他に上高地の明神に奥宮、そして穂高岳3190mの地に穂高神社・嶺宮が祀ってある。





奧穂高岳、涸沢岳、北穂高岳、前穂高岳、西穂高岳這些山峰合稱爲「穂高連峰」。除了「前穂高岳」之外主要都位在長野縣松本市和岐阜縣高山市的交界上。「奧穂高岳」是穂高連峰的主峰,標高3190公尺。僅次於「富士山」和南アルプス的「北岳」,是日本排名第三高的山峰,並且被稱爲「北阿爾卑斯的盟主」。

從奧穗高岳山頂北邊通過北穗高岳、大切戶、南岳,大食岳的險峻道路可以到達「槍ヶ岳」。途中「涸沢岳」到「南岳」的山脊上飛騨一側是非常陡峭的岩壁。南面從「奧穂高岳」到「西穂高岳」然後通過山脊可以到「燒岳」。從奧穂高岳經過吊尾根還可以到達「前穂高岳」。從「涸沢」圈谷下去就是「上高地」,這裡也是穂高神社的主祭神「穂高見神」降臨的地方,建有嶺宮。

奧穂高岳剱岳谷川岳並稱爲「日本三大岩場」。特別是「涸沢岳」到「南岳」的飛騨一側。前穂高岳的東側,奧又白谷的上部也是陡峭的岩壁(也叫作前穂東壁)。井上靖的小説「冰壁」中魚津和小坂就是這裡摔死的。 大多數人會將「涸沢」作爲攀登穂高連峰的基地,涸沢是「奧穂高岳」和「前穂高岳」之間的U字型山谷,也是北阿爾卑斯山脈中規模最大的圈谷,但這裡是即使是夏季仍然有積雪,所以必須做好防寒準備!


[氷壁の舞台] 『氷壁』の舞台となった前穂高(3090m)の東壁は戦前から登られていたが、その当時は北壁~AフェイスとCBAフェイスしかルートがなかった。北壁~Aフェイスは、『改訂日本の岩場(白山書房)』に、昭和12年山崎次夫と内山秋人が松高カミンルートを最初に登った。とある。また『日本の岩場(山と渓谷社)』には昭和7年伊藤新一、伊藤収二とある。CBAフェイスは、昭和6年國塩研二郎、内山秋人氏ら5名が最初に登った。北壁は無雪期は昭和7年に、積雪期は昭和15年の3月春田和郎、久留健治が初登攀している。昭和32年になり古川純一と久保田進が開いた右岩稜古川ルートをS36年3月森田昇三、三井利安が、Dフェイスは昭和34年法政大学の田山勝と山本俊男によりルートが開かれS36年2月安久一成、鈴木鉄雄が登っている。上高地の梓川から見上げる東壁は、前穂高の頂からアルプスのようなムードを漂わせている。上高地の明神から梓川の上流沿いに歩くと美しく仰ぎ見られる。だが、その懐に入り込むと、その雰囲気は一変して鉈でそぎ落とした様な荒々しい岩壁であり、容易に人を寄せ付けない美しさと険しさ見せる。人は、美しく険しいものに憧れ、引き寄せられる。美しさに憧れ命を落とした幾多の岳人がある。


下午2:10左右,「奧穗高岳」頂上到着!此時山頂已瀰漫著濃霧,毫無展望!


奧穗高岳雖然是日本第三高峰,但是攀登的危險程度卻遠遠要高於攀登富士山。自古以來有數不盡的登山愛好者在這裡成了不歸人,因此沒有足夠的準備和一定的登山知識千萬不要小看大自然而輕裝登山!也正因爲如此,穂高連峰才會吸引日本國內外許多登山愛好者慕名而來!


岳沢ルート断面図

河童橋~岳沢分岐 岳沢分岐岳沢ヒュッテ 岳沢ヒュッテ紀美子平 紀美子平奥穂高岳
水平距離(km)
0.848
2.948
1.273
1.397
沿面距離(km)
0.848
3.042
1.493
1.478
標高差(m)
1
664
729
286


穂高岳は日本第3位の高峰。奥穂高岳(3190m)を盟主に、北穂高岳や涸沢岳、前穂高岳、西穂高岳など、険しい岩稜が放射状にそびえる3,000メートル級の山々である。
ここが富士山、 北岳(3192メートル・南アルプス)に次ぐわが国第三位の 標高を誇る奥穂高岳の絶巓だ。上高地からの標高差1700 メートルの登りもここが終着である。


這次的山行計畫最初是打算從西穗高岳經由奧穗高岳完成穗高連峰的縱走,可惜第一天到日本抵達高山的時間已經來不及搭上末班的新穗高纜車前往西穗山莊,所以後來才決定改由上高地的「岳沢」上山。或許明年再來造訪北阿爾卑斯山脈,屆時會由「西穗高岳」縱走「奧穗高岳」然後到「槍ヶ岳」,之後再經由「裏銀座コース」和「後立山連峰」,最後從北アルプス最北端的親不知海岸下山,最後再去爬一趟「劍岳」和「立山連峰」,整個行程應該兩週以內可以完成 XD


北アルプス全山縦走~參考資料:北アルプス全山縦走Kita Alps(英文)、北アルプス全山縦走(焼岳~親不知)


下面是搭乘新穗高纜車上山,縱走「西穗高岳~奧穗高岳」的路線圖:

新穂高温泉コース(新穂高ロープウェイ経由)

新穂高温泉→しんほだかおんせん━なべだいらこうげん→しらかばだいら━にしほだかぐち→西穂山荘→西穂独標→西穂高岳→天狗ノ頭→ジャンダルム→奧穂高岳






下って来た「ロバの耳」を仰ぎ見る。


從「奧穗高岳」頂上可以望見遠處有點形似台灣百岳「大壩尖山」的「ジャンダルム」和「馬ノ背」的雄姿(註:ジャンダルム源自Gendrame一詞,代表"憲兵"的意思,標高3163公尺),這個方向是通往「西穗高岳」的危險岩稜縱走路線,全程水平距離僅短短3km,但至少需耗時7小時以上,其難度可想而知!

すぐ目の前に奥穂の衛兵ジャンダルムやロバの耳といった魁偉な岩峰が峭立する。
西穂高岳から奥穂高岳への縦走は北アルプスで最も険しい岩稜縦走ルートであり、体力、技術、経験、的確な気象判断ができる上級者向きです。



北アルプス一般ルート最難関コースと言われる西穂~奥穂へ行ってきました。「ジャンダルムは衛兵、憲兵の意であり、穂高の象徴です。
奥穂高岳から西穂独標までは、大小23ものピークを数え、その稜線は岩稜が連なる難コースとなっています。このコースは北アルプスの中で、もっとも厳しい縦走路。
逆層の岩稜が連続するやせ尾根の先に切立った岩峰群、高度感あり、起伏も激しく浮石、落石が多く、容易に人を寄せ付けない危険なルートとしてあまりにも有名である。
距離では計れない、気力、体力、経験、注意力を必要とすると、ガイドブックにもその危険性を喚起している。水平距離にして、僅か3kmちょっとのコースを踏破するのに、ゆうに10時間程度を要し、途中水場、山小屋もない。
・ジャンダルムの通過はペンキ印が沢山あり迷うことは多分無い。適当なところを登ればジャンダルム頂上。ここから進もうとしての事故も多いので(奥穂側は下降不可必ず登った道を下りる。
・短い鎖を下りると、いよいよ信州側のトラバース。短いが足元はスパっと切れ落ち、足もつま先しか掛からない。ただし手掛かりはしっかりしたものが沢山あるので、落ち着いていけば問題無し。
・ロバノ耳を超えると最後の下り。うんざりするほど下る。精神的につらい。変なところに鎖がある。
・登り返すとガラガラの岩場。奥穂も近いが、馬ノ背を超えるまでは慎重に。
・馬ノ背の登りも遠くから見ると怖そうだが、特に問題無し。
・馬ノ背も特に問題無し。(風が強いと怖そう)奥穂から皆が見てます。








ジャンダルムの登り方は3通りあります。奥穂高側からの易度順で、①ジャンダルムを左(長野側)にトラバースして奥飛騨側に巻き真っすぐ進むコース、②ジャンダルムを左(長野側)にトラバースして奥飛騨側に行く途中、白のペイントで『ジャン』とペイントされている所を急登していくコース、③ジャンダルムの奥穂側からの直登り(ここは一般登山道ではありません)




頂上には方位盤があり、それが示す通り360°の大パノラマの展望が広がる。


日本登山每年死亡人數最多的地方就位在長野縣,也就是在北阿爾卑斯山區,受傷死亡者大多為中老年人。平成24年(西元2012年) ,北阿爾卑斯山脈的遭難發生比例高達66.2%(平成23年為50.9%),南阿爾卑斯山脈佔了1.3%,中央阿爾卑斯山脈佔了11.0%。而其中主要的遭難發生地點又集中在「槍穗高縱走」及「後立山連峰」」等地區,偏偏這裡又是日本山岳裡面最美的地方!沒有萬全準備的童鞋千萬不要輕易上山:)


參考資料來源:



日本登山道の難易度參考



今天因為途中下起了雨所以一路上穿著雨衣行走,不透氣的雨衣讓汗水無法排出,因此在奧穗高岳頂上休息沒多久便感受到寒意,於是趕緊起身往「穗高岳山莊」走去,從奧穗高岳山頂下到穗高岳山莊大約需要30分鐘時間。

即使是在夏天,如果在高山上遇到天候狀況驟變,風雨還是會奪走身體的體溫,讓人全身緊繃處於進退兩難的地步,進而導致疲勞甚至凍死。因此不論是什麼季節爬山,一定都要確實做好保暖防寒的準備,以免發生意外。其實出發前幾天才在網路上看到今年5月的時後,涸沢岳附近有6人登山團體,其中1人因低体温症而死亡的事件)

相關新聞連結:







この先、穂高岳山荘までは鎖場あり鉄バシゴあり、鉄杭に つかまっての急降下ありの難コースという。

濃霧中隱約可看見下方蓋在稜線上的「穗高岳山莊」,攀下這段垂直而下的鐵梯之後就到達溫暖的穗高岳山莊了!(^。^)


下午3點左右抵達「穗高岳山莊」,先進去辦理住宿手續,我被安排住在名為「立山」的房間,穗高岳山莊裡面的房間全都是以北阿爾卑斯山脈的山岳名稱來命名。之後去更衣室把濕透的衣服全都換掉,然後和鞋子一起拿到乾燥室去放置,然後到櫃檯去點一杯熱檸檬茶喝,讓身體恢復溫暖的感覺,順便等待晚餐時刻的到來!



穗高岳山莊的房間非常乾淨簡潔,有分上下舖,我被安排睡在上鋪。進房間之前必須將室內拖鞋脫掉放在門外。


晚餐前先到外頭去欣賞一下穗高岳山莊的景色!


下午5:40山莊裡面的廣播響起,於是大家一起到山莊的食堂去享用美味的晚餐,穗高岳山莊晚餐的菜色應該是這幾天在北阿爾卑斯山脈縱走所住過的山屋裡面最豐盛的!
ps.住宿在日本的山屋,早晚餐的白飯、味噌湯和熱茶都是可以自行添加的。



穗高岳山莊の晩御飯、まずまずでしたね。


今晚我被安排住在名為「立山」的房間。


吃完晚餐到外面去透透氣,從穗高岳山莊就能看見下方的「涸沢ビュッテ」和涸沢露營場。從穗高岳山莊可經由ザイテングラード下到涸沢圈谷,單程約1.5小時。


涸沢カールから穂高岳山荘までほぼ一直線に直登する尾根をザイテングラードといいます。涸沢キャンプ指定地を過ぎて、涸沢ヒュッテと涸沢小屋の道が合流すると、石ばかりのカール斜面をせり上がり、カールの全容を見渡せる場所から、するどい涸沢槍の下をトラバースしてザイテングラードの尾根に取り付きます。

涸沢ヒュッテ(からさわヒュッテ)とは長野県松本市安曇の山中の穂高岳の東側にある氷河圏谷、涸沢の標高2309メートルのモレーンに建つ山小屋である。




每年的十月初,是涸沢圈谷的紅葉全盛期,此時總是會吸引大批的登山客上來朝聖!

夏の穂高連峰への登山のベースとしても人気がありシーズンにはたくさんのテントの花が咲き多くの登山者で溢れかえる。涸沢(からさわ)は、上高地などから穂高連峰に登る手前の中継地点で、カールと呼ばれる、氷河期にできた渓谷です。また、涸沢は、全国に名だたる山岳紅葉の名所で、信州の紅葉の名所の中で最初に色付く場所の一つです。紅葉の見頃は10月上旬頃です。



用完晚餐後到穗高岳山莊外頭去透透氣~



晚上7點半左右上床休息,期待明天更刺激的行程!



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