發表文章

目前顯示的是 三月, 2013的文章

日本百名山の登頂の軌跡(春山から冬山まで )今まで、百名山28座完成!

圖片
日本百名山の山行歴(春山から冬山まで )

(無雪期) 丹沢主稜線縦走、日光男体山、立山三山、剱岳(別山尾根)、白馬三山縦走、後立山テント泊縦走(白馬八方〜針の木)、穂高〜表銀座縦走(岳沢〜槍ヶ岳〜燕岳)、折立~薬師岳~黑部五郎岳〜鷲羽岳~水岳〜新穂高温泉 (テント担いて縦走)、焼岳、富士山(吉田ルート)、甲斐駒ヶ岳、小仙丈ヶ岳、白根三山縦走(テント担いて縦走)、伯耆大山、石鎚山、屋久島中心部縱走
(積雪期、残雪期) 利尻山、蔵王山、安達太良山、谷川岳(天神尾根)、八ヶ岳の赤岳(文三郎尾根〜地蔵尾根)、唐松岳、雲取山(鴨沢ルート)、奥穂高岳(涸沢から)、富士山(吉田ルート 冬と春)、伊吹山、石鎚山、木曽駒ヶ岳、西穂高岳
山の名前標高(m)登頂記録1利尻岳(りしりだけ)1721完成(春)2羅臼岳(らうすだけ)1660-3斜里岳(しゃりだけ)1547-4阿寒岳(あかんだけ)1499-5大雪山(たいせつざん)2291-6トムラウシ山(とむらうしやま)2141-7十勝岳(とかちだけ)2077-8幌尻岳(ぽろしりだけ)2052-9羊蹄山(ようていざん)1898-10岩木山(いわきさん)1625-11八甲田山(はっこうださん)1584-12八幡平(はちまんたい)1613-13岩手山(いわてさん)2038-14早池峰山(はやちねさん)1917-15鳥海山(ちょうかいさん)2236-16月山(がっさん)1984-17朝日岳(あさひだけ)1870-18蔵王山(ざおうさん)1841撤退(冬)19飯豊山(いいでさん)2128-20吾妻山(あずまさん)2035-21安達太良山(あだたらやま)1699完成(冬)22磐梯山(ばんだいさん)1816-23

日本の登山の歷史

圖片
「人は何故に山に登ってきたか、その発展の歴史」

1、 生活の為の登山―古代
    (食料採取として、獣、木の実,山菜、石器の石採取、山への感謝=山は神)

2、 宗教的目的の登山―奈良時代―平安時代以降
    (古代は山を神と崇めたが、奈良、平安時代仏教が入り山は修行の場となった)

3、 戦略的、政治的支配の為の登山―戦国時代
    (戦いの場として、土地の支配、森林管理として)

4、 薬草採取の為の登山―江戸時代
    (医者、学者が高山植物を薬草とし採取、医療、研究)

5、  旅の中の遊びとしての登山―江戸時代~明治時代
    (文人墨客、画家、武士、医師、町人等、多くの人々が山を文化として育てた)

6、 科学的調査の為の登山―明治時代
     (土地測量、地質、鉱石、動植物、気候等の調査研究)

7、探検、スポーツとしての登山―明治時代~昭和
   (未知な山岳を明らかに、教育的スポーツ、人間の限界へのチャレンジ登山家)

8、趣味、自己表現、観光としての登山―現代
   (戦後のサラリーマン登山、プロの登山家、中高年登山、あらゆる層が商業化)


西暦和暦事  項652白雉3年・飯豊山:役の小角と唐僧知道和尚により開山と伝えられる。701天宝1年・佐伯有頼(ありより:越中守佐伯の嫡子)が逃げた父の鷹を追いかけて深山に入っていくと、熊に出会い弓を射る。矢を受けた熊は血を流しながら洞窟に入り、有頼もその後を追うと、そこには胸に矢の刺さった阿弥陀如来が顕れ、有頼に対し立山を開くようにと告げたという。その洞窟が立山室堂の「玉殿岩屋」。これが立山の開山と伝えられる。出家し名を慈興に改め、立山開山の為に尽力。717養老元年・泰澄上人(越前国麻生津:福井市南部の出身):白山を開山782天応2年・勝道上人(下野国:栃木県の南高岡:現真岡市出身):男体山を開山784延暦3年・勝道上人:庚申山に登頂し登路を開く。837承和4年・「霧島」が837年(承和4年)8月の続日本紀に初めて登場する。848喜祥元年・学問行者:戸隠山を開山。888仁和4年 ・北八ヶ岳の天狗岳が大崩壊を起こし、その結果、松原湖などの湖が誕生。1518永正5年・富士山で登山中の道者が嵐にあって13人死亡(我国最古の山岳遭難記録)1559永禄2年・武田信玄の配下の武将山県昌景が、飛騨を攻めるのに上高地から安房峠…

文章列表

聯絡我

名稱

以電子郵件傳送 *

訊息 *